執筆・監修:長谷川雅代(歯科衛生士・臨床30年以上)
PPE(個人防護具)は、手袋・マスク・ゴーグル・ガウンなど、自分と患者さんを守るための“装備”です。
ただ、PPEは「つければ安心」の道具ではありません。守りたい場所に合ったものを選び、正しく着けて、正しく外して——はじめて意味を持ちます。とくに“外し方”は、慣れているつもりでも見落としが多いところ。
このページは、PPEの全体像を一枚で見渡すための地図です。何のために・何を・どう使い分けるかを整理し、もっと詳しく知りたいところは、DICA Libraryの個別記事へとつないでいきます。まずは全体を眺めてください。
PPEは「標準予防策」の実践そのもの
PPEを考えるとき、土台になるのが標準予防策(スタンダードプリコーション)です。これは「すべての人の血液・体液・分泌物を、感染性があるものとして扱う」という考え方。相手が誰であっても、同じように守る——その姿勢を“行動”にする手段が、PPEなのです。
だからPPEは「感染症の患者さんのときだけ」つけるものではありません。誰に対しても、曝露のリスクがある場面で使う。まずはこの前提を押さえておきましょう(詳しくは「標準予防策とは」)。
PPEは「守る部位」で選ぶ
PPEは、体のどこを守るかで種類が分かれます。処置で「どこに、何が飛ぶか」を思い浮かべると、必要な装備が見えてきます。
手袋(グローブ)― 最もよく使うPPE
もっとも身近なPPEが手袋です。だからこそ、選び方・使い方・外し方に“慣れ”が出やすく、落とし穴もここに集まります。
大切なのは3つ。患者さんごとに交換すること、手袋をしていても手指衛生は省かないこと、そして汚染を広げない外し方。「手袋をしているから大丈夫」は思い込みで、外す瞬間に手を汚染してしまうことも少なくありません。
マスク ― 口と鼻を守る
歯科の処置では、切削や超音波スケーリングで飛沫やエアロゾルが生じます。マスクは、それらが口や鼻の粘膜に入るのを防ぎます。
効果を出すコツは、すき間をつくらないこと。鼻を出す、あごにずらす、では意味がありません。ノーズフィッターを鼻の形に合わせ、口と鼻をしっかり覆います。そして湿ったら交換。濡れたマスクはろ過の力が落ちます。患者さんごとの交換が基本です。
目を守る ― ゴーグル・フェイスシールド
意外と見落とされがちなのが目の防護です。目の粘膜も、飛沫や血液の侵入口になります。切削・スケーリングなど飛沫が生じる処置では、ゴーグルやフェイスシールドで目を守りましょう。
通常のメガネは横や下からの飛沫を防ぎきれません。側面まで覆えるものを選ぶのがポイント。フェイスシールドは顔全体をカバーできますが、すき間もあるため、マスクと組み合わせて使います。使用後は洗浄・消毒して繰り返し使うタイプが多く、扱い方は製品の指示に従います。
ガウン・エプロン ― 体と衣服を守る
血液や体液が飛び散ることが予想される処置では、ガウンやエプロンで体と衣服を守ります。汚染された白衣のまま院内を動くことは、汚れを持ち運ぶことにつながります。
ポイントは、処置の曝露リスクに応じて使い分けること。すべての処置で必要なわけではなく、飛散が予想される場面で選びます。使い捨てか、洗濯して再使用するかは、汚染の程度と院内のルールで決めます。
いちばんの肝は「外す順番」
PPEでもっとも事故が起きやすいのが、外すときです。着けるときはきれいな装備ですが、外すときは表面が汚染されている。ここで手や顔を汚染すると、せっかくの防護が台無しになります。
基本の考え方は、「いちばん汚れている手袋を最初に外す」「外すたびに手指衛生を行う」「装備の表面(汚染面)に触れない」こと。着ける順・外す順の細かい手順は施設のルールに従いますが、この原則を押さえておけば大きく外しません。手袋の外し方は「グローブの正しい外し方」、手指衛生は「手指衛生まるごとガイド」もあわせてどうぞ。
世界の歯科事情コラム
「標準予防策」という考え方は、もともとアメリカのCDC(米国疾病対策センター)が体系化したものです。かつては「感染症とわかっている人だけ警戒する」時代がありましたが、それではまだ診断のついていない感染を防げません。そこで「すべての人を等しく守る」という発想へ切り替わりました。
PPEは、この“誰も区別しない”という平等な安全思想を、目に見える形にした装備でもあります。相手によって守り方を変えない——それが、世界共通の感染対策の土台なのです。
明日からできる3つのこと
- 部位で考える:この処置で「どこに何が飛ぶか」を思い浮かべ、必要なPPEを選ぶ。
- すき間をなくす:マスクは鼻まで、目は側面まで。覆えていなければ効果は半減。
- 外し方を丁寧に:手袋を最初に、汚染面に触れず、外すたびに手指衛生。
すべてを一度に完璧にしようとしなくて大丈夫です。まずは全体の地図を持つこと。そして、気になったところから一歩ずつ確かめていく。それが、無理なく続く感染管理への近道です。
参考文献
- CDC「Guidelines for Infection Control in Dental Health-Care Settings」(2003)
- CDC「Summary of Infection Prevention Practices in Dental Settings」(2016) https://www.cdc.gov/oral-health/hcp/infection-control/index.html
- 標準予防策(Standard Precautions)の考え方
- 日本歯科医学会監修「エビデンスに基づく一般歯科診療における院内感染対策実践マニュアル」(永末書店)
- 日本環境感染学会 各種ガイドライン(個人防護具の選択・着脱)

長谷川 雅代
歯科衛生士(臨床30年以上)/歯科感染管理協会 監修
1993年堺歯科衛生士専門学校卒。30年以上の臨床経験を持ち、現在も臨床に立ち続けることで「歯科医院の今」を熟知する。その豊富な知見を強みに、スタッフ教育や院内環境の改善に携わる。DHマネジメント協会に所属し、新人教育や標準予防策に基づく意識改革を提案する専門家として全国で研修を行う。理想論に留まらない、現場を知るからこそ可能な実践的感染管理システムの構築とマニュアル整備に注力している。
