執筆・監修:長谷川雅代(歯科衛生士・臨床30年以上)
手指衛生は、感染対策のいちばん基本で、いちばん大切なことです。
高価な機械も、特別な薬剤もいりません。必要なのは、正しいやり方と、続けられる仕組みだけ。だからこそ、奥が深い。「なんとなくやっている」と「理由をわかってやっている」では、守れるものが変わってきます。
このページは、手指衛生の全体像を一枚で見渡すための地図です。いつ・どうやって・どう続けるかを整理し、もっと詳しく知りたいところは、DICA Libraryの個別記事へとつないでいきます。まずは全体を眺めて、気になったところから読み進めてください。
手指衛生には、2つの方法がある
手指衛生と聞くと「石けんでの手洗い」を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも実は、医療現場の手指衛生には2つの方法があり、場面によって使い分けます。
「いつも石けんで洗わなきゃ」と思い込む必要はありません。汚れが見えなければ、擦式アルコール製剤が基本。目に見える汚れがあるときは、石けんと流水。この使い分けが、手指衛生の芯です。
いつ手指衛生をするか(WHOの5つのタイミング)
「どうやるか」と同じくらい大切なのが「いつやるか」です。WHO(世界保健機関)は、医療現場で手指衛生を行うべき場面を「5つのタイミング」として示しています。
- 患者さんに触れる前
- 清潔・無菌操作の前
- 体液に触れたおそれのあるあと
- 患者さんに触れたあと
- 患者さんの周りの物に触れたあと
ポイントは、「自分を守る」タイミングと「患者さんを守る」タイミングの両方があること。触れる前は患者さんを、触れたあとは自分と次の患者さんを守っています。回数の多さに驚くかもしれませんが、ここに手指衛生の意味が詰まっています。
擦式アルコール製剤 ― 実は“第一選択”
「アルコールより石けんのほうがしっかり洗える気がする」——そう感じる方は少なくありません。でも、汚れが見えない手には、擦式アルコール製剤のほうが速く、確実。乾く前にしっかりすり込めば、多くの細菌・ウイルスに効果を発揮します。
効果を出すコツは、「量」と「すり込み方」と「乾くまでの時間」。少なすぎたり、途中で拭き取ったりすると、力を発揮できません。製品選びにもコツがあります。

石けんと流水の手洗い ― 目に見える汚れはこちら
血液や唾液など目に見える汚れがついたときは、石けんと流水の出番です。アルコールは汚れの上からでは力が届きません。物理的に洗い流すことが必要なのです。
ただ、手洗いも「なんとなく」では洗い残しが出ます。指先・指の間・親指の付け根・手首——洗い残しやすい場所は決まっています。使う石けんや、洗ったあとの拭き取り方にも、ちゃんと理由があります。

続けるための土台 ― 手荒れと爪
どんなに正しい手指衛生も、続けられなければ意味がありません。そして、続けられない一番の理由が「手荒れ」です。
手が荒れると、痛くて回数が減る。荒れた皮膚の細かい傷には菌が住みつきやすく、感染対策としてもマイナスです。手荒れケアは、わがままでも甘えでもなく、感染管理そのもの。爪の長さやネイルも、菌のすみかや手袋の破れにつながる、見過ごせないポイントです。
なお、手指衛生と切り離せないのがグローブです。「手袋をしているから手指衛生はいらない」は誤解。外すときに手が汚染されることもあり、正しい外し方と手指衛生はセットで考えます。
世界の歯科事情コラム
5月5日は、WHOが定めた「世界手指衛生デー」。両手の5本指にちなんで「5/5」の日付が選ばれています。WHOはこの日を通じて、手指衛生が世界中の医療現場で“もっとも費用対効果の高い感染対策”であることを、毎年発信し続けています。
高度な医療機器がそろわない地域でも、手指衛生だけは誰でも・どこでも実践できる。だからこそ世界共通の基盤とされているのです。日本の歯科の現場でも、この“いちばん身近な一手”の価値は変わりません。詳しくは「5月5日は手指衛生の日」で紹介しています。
明日からできる3つのこと
- まずアルコール:汚れが見えなければ擦式アルコール製剤。石けん手洗いは「汚れが見えるとき」と切り分ける。
- 量とタイミングを守る:たっぷり取って、乾くまですり込む。5つのタイミングを意識する。
- 手荒れを放置しない:ケアは感染管理の一部。荒れる前に守る。
すべてを一度に完璧にしようとしなくて大丈夫です。まずは全体の地図を持つこと。そして、気になったところから一歩ずつ確かめていく。それが、無理なく続く手指衛生への近道です。
参考文献
- WHO「Guidelines on Hand Hygiene in Health Care」(2009) https://www.who.int/publications/i/item/9789241597906
- WHO「My 5 Moments for Hand Hygiene」(手指衛生の5つのタイミング)
- CDC「Hand Hygiene in Healthcare Settings」
- 日本歯科医学会監修「エビデンスに基づく一般歯科診療における院内感染対策実践マニュアル」(永末書店)
- 日本環境感染学会 各種ガイドライン(手指衛生)

長谷川 雅代
歯科衛生士(臨床30年以上)/歯科感染管理協会 監修
1993年堺歯科衛生士専門学校卒。30年以上の臨床経験を持ち、現在も臨床に立ち続けることで「歯科医院の今」を熟知する。その豊富な知見を強みに、スタッフ教育や院内環境の改善に携わる。DHマネジメント協会に所属し、新人教育や標準予防策に基づく意識改革を提案する専門家として全国で研修を行う。理想論に留まらない、現場を知るからこそ可能な実践的感染管理システムの構築とマニュアル整備に注力している。

