
「自分のために、生きていいんだよ」
——母の言葉が、羅針盤になった。
しんどくなって出会った、書くこと、撮ること。
違う世界に居場所を作る、軽やかな歩き方。
Aoi
Yoshida
吉田 葵(よしだ あおい)
歯科衛生士
臨床感染管理指導士
かずなか歯科クリニック 勤務
歯科衛生士歴20年以上。3姉妹の長女。かずなか歯科クリニックに勤務し、外科処置のアシストと感染管理を得意とする。クリニックのWEB記事執筆も担当。ミラーレスカメラとライティングを軸にした発信活動にも取り組む。
お母さんの言葉が、羅針盤になった
3姉妹の長女として育った葵さんの母は、保育士の資格を持ちながら長く専業主婦をしていた。働きたいという気持ちを抱えながらも動き出せずにいる——そんな母のもやもやを、中学生の葵さんはそばで静かに見つめていた。
そのころから母は繰り返し言うようになった。「女性は男性に頼らないで、独り立ちできるようなお仕事を」「将来の夢はお嫁さん、じゃなくて、自分の足で生きていける道を選んでね」。「親のエゴだったかもしれない」と葵さんは笑うけれど、長女としてその言葉をまっすぐに受け取った。
最初に思い描いたのは、母と同じ保育士の道。けれど「早く社会人になりたかったから」、当時2年制で取れる歯科衛生士の資格を選んだ。背中を押したのは、母も通っていた歯科医院でのひと言だった。「歯科衛生士っていう資格があるみたいよ。国家資格だし、最悪、ひとりでも生きていけるよ」。じつは葵さん自身も、子どものころから患者としてその医院に通っていた。20年以上経った今も、彼女はそこで衛生士として働いている。患者として通っていた場所で、衛生士として人生を重ねていく——縁というのは、案外こんなにも近いところにある。
「女性は男性に頼らず、独り立ちできるようにならなきゃいけない、ってずっと言われ続けた気がします。だから”将来の夢はお嫁さん”なんて、うちでは言えない雰囲気でしたね」
「衛生士でよかったなと思うのは、資格があるから、ちょっと離れてもまた戻れるってこと。お母さんも、自分の意思を受け継いでくれたんだなって、ある意味安心してくれてるみたいで」

千葉の地で根を張り、20年以上
専門学校を卒業して、いくつかの職場を経験したのち、葵さんは家族で通っていたあの医院に戻ってきた。子どものころから知っている院長のもとで、衛生士としての日々が始まる。気がつけば、もう20年以上が経っていた。
クリニックは千葉の駅から離れた住宅街にあり、毎日車を走らせて通う。「ホームページの記事は午前中に家で書いて、午後から出勤するんです」。最終アポイントは19時半、終業は20時半すぎ。患者層は近隣の住民だけでなく、近くに勤めるオフィスワーカーも多く、仕事帰りに駆け込んでくる。だから自然と、拘束時間は長くなる。
長いキャリアの中で、得意分野も磨かれてきた。とりわけ外科処置のアシスト、そして感染管理。「専門は何が好き?」と聞かれたら、迷わず「外科」と答える人だ。院長は外科の経験が豊かで、ほかで断られた症例も紹介で運ばれてくる。その延長線上で、感染管理への関心が自然と広がっていった。
「オペが昔から好きなんです。外科のアシストにつかせてもらえる機会が多くて、その延長で感染管理にも自然と関心が向いていきました」
「患者さんと話す時間って、すごい財産だなと思うんです。長く担当しているからこそ口腔の変化も見えるし、その人の人生の話を聞いて、思わずもらい泣きしちゃうことも」
しんどくなって、気づいたこと
20年以上、衛生士の仕事を続けてきた。それでも初めて、メンタルが大きく揺らぐ時期が訪れた。30代後半。プライベートの人間関係と、長すぎる拘束時間。いくつもの疲れがじわじわと積み重なっていた。
5月、誕生月のはずなのに体が動かない。電車に乗っていて、ふと怖いことを考えてしまうこともあった。信頼できる人たちに少しずつ言葉を吐き出し、8月ごろからようやく動き出せるようになった。辞めるという選択肢も真剣に考えたけれど、最終的には院長と「働き方を変える」方向で話し合えた。
30代の頃は「いまから新しいことを1から始めるのが面倒くさい」と動けなかった。それがいまは違う。理想は週3日休みで、給料が下がっても構わない——「やっとここまで来た」と思えるようになった。仕事のあり方そのものを、自分の手で選び直そうとしている。
「こんなんで一生終わりにしたくないって思って。それで、ちゃんと誰かに話を聞いてもらおうって決めました」
「給料が下がってもいいから、人生をもうちょっと楽しみたい。週3になったら、もっとお出かけできるなって——そんなふうに思えるところまで、やっと来れたんです」
「書くこと」と「撮ること」が、
もう一本の道になった
意外に思われるかもしれないが、葵さんは文章を書くことが好きだ。きっかけは、ある雑誌の記事募集に思いきって応募したこと。そこで出会った先生から「書くこと」を学び、いまでは自分のWordPressブログも持っている。
勤務先クリニックのブログ記事も、葵さんが執筆を担当している。院長が医療面を監修し、葵さんが言葉を紡ぐ。そのチームワークで書かれた記事は、検索上位に表示されるようにもなってきた。「現役で臨床に立っていて、SEOもわかる医療ライター。そういう発信ができる人って、案外少ないんじゃないかなって」と、その先に見え始めた未来を語る。
最近はミラーレスカメラも手に入れた。新発売のモデルを思いきって買って、ガジェット好きの血が騒いでいる。「軽さが正義」と言い切る人。YouTubeチャンネルも始めた。最初は愛犬の紹介動画をアップするつもりだったのが、何気なく投稿したカメラの紹介動画が思いがけず再生され、自分の発信のヒントを掴みつつある。
「文章を書くようになってから、患者さんへの話し方が変わったんですよね。起承転結を意識して組み立てられるようになって、言いたいことが伝わりやすくなった気がして」
「カメラで撮影して、文章を書く。それが仕事になっていったらいいなって、少しずつ思えるようになってきました」
違う世界に「居場所」を作る
——外に出ることで、仕事が続けられる
歯科衛生士としての仕事を愛しながら、葵さんはその外側にも積極的に目を向ける。動画クリエイターやカメラ愛好家が集まるオンラインコミュニティに参加し、全国・時には海外在住のメンバーとも日常的に交流している。
歯科の仲間と話す心地よさは知っている。それでもそこだけにいると、どうしても同じ話題の中をぐるぐるしてしまう。違う世界を知ることで、また自分の仕事にも新しい意味が見えてくる。葵さんにとって「外に出る」ことは、衛生士の仕事を長く続けるための大切な処方箋なのだ。
「全然違う職業の人たちと話すと、気分がリフレッシュされるんです。知らない世界を教えてもらえるし、視野が広がる感じがして」
朝のヨガ、白湯、愛犬の散歩
——日々を整える小さな習慣
葵さんの朝は、白湯を沸かすところから始まる。「お湯が沸くのに12〜13分かかるんですよ。だからその間にヨガをして、ちょうどぬるくなったところで飲むのが、私のモーニング」。そのあとは、愛犬と歩く朝の散歩。腰を痛めたことを機に、筋トレからヨガに切り替え、いまではすっかり日課になった。
「歯ブラシと同じなんですよね。1回サボり出すと、最初は気持ち悪いんだけど、だんだん”まあいいか”ってなる」。だから患者さんに歯磨きの習慣化を伝えるとき、葵さんは自分のヨガの話を例えに出す。「ちょっと違うところに視点を持っていってあげるのって、そういう意味でもすごく大事だなと思って」。仕事を伝える人としての引き出しが、自分の暮らしの中から自然と増えていく。
「医療の専門知識を持ちながら、ライティングやビジュアルで発信していく。そんな働き方ができたら、もっと面白くなる気がするんです」
After Interview
「お母さんのあの言葉がなかったら、私この仕事してなかったかもしれない。今となっては、あの助言に本当に感謝してます。資格があるから、どこに行っても働ける——それが何度か、私を救ってくれたので」
母から受け取った「独り立ちしてほしい」という願いを、20年以上経った今、葵さんは「人生をもう少し楽しみたい」という自分自身の言葉に置き換え始めている。文章、カメラ、ブログ、ヨガ、そして衛生士としての臨床。ひとつひとつが少しずつ重なり合って、葵さんという人の輪郭を作っている。
「衛生士の仕事って、一生使える資格があるんです。だから、働き方はいくらでも変えられる。しんどくなったら逃げてもいい。でも、患者さんの顔が好きなら——きっとまた戻ってこれる。そうやって長く続けていくことが、この仕事の醍醐味だと思っています」
文 / Masayo Hasegawa

