
「すごい志があったわけじゃないんですよ」——そう笑える人。
場違いを承知で勝負し、昔飼っていたうさぎに「ごめんね」と謝りに行く。
肩肘を張らない、その静かな強さ。
Hitomi
Sato
佐藤 史実(さとう ひとみ)
歯科衛生士
臨床感染管理指導士
ほたるだ歯科医院 勤務
神奈川歯科大学(横須賀)を経て歯科衛生士に。複数の医院で経験を重ね、現在はほたるだ歯科医院に勤務。臨床の現場感覚を大切にしながら、感染管理の領域でも学びを広げ、勉強会や立場の違う人との出会いを面白がっている。
「先生にだけはなれないと思ってた」
——母のひと言から始まった、歯科衛生士への道
史実さんの実家は、教員一家だ。祖父も父も学校の先生で、二人の兄もそろって教員の道に進んだ。「みんな先生になる」のが当たり前の空気のなかで、史実さんだけは、ずっとこう思っていた。「私は人にものを教えるタイプじゃない。絶対先生にはなれない」——。兄たちを「すごいな」と思いながらも、自分の道は別にあると、子どもの頃から決めていた。
高校3年の夏まで、テニス部にどっぷり浸かっていた。引退してから進路を考え始めたとき、父が言った。「お前は女の子だし、先生は大変だから別の道でいいよ」。母も続けて、「女の子は手に職を持っておいた方がいい」とアドバイスしてくれた。その母が、いつも通っている歯医者で「歯科衛生士という資格があるよ」と聞いてきた。きっかけは、本当にそれだけだった。
田舎で育って、自分自身が虫歯ひとつなく、歯医者にもほとんど通った経験がなかった。「衛生士」という職業の存在さえ、その夏まで知らなかった。「すごい志を高くDHになって、こんなことがしたいと思った感じはないんですよ。むかし、むし歯がいっぱいあって、歯医者さんで衛生士さんと出会った、みたいなストーリーもないんだよね、全然」——史実さんは、そう言って笑う。
看護師という選択肢もあった。けれど「勉強できる子が行く道」という印象が強くて、敷居が高く感じた。医療系は嫌いじゃない。医療ドラマも好きだ。でも、人の生き死には、やっぱりきつい。「歯医者なら死なないし、夜遅くまで残業もない、当直もない。これならありかも」——そんな実利的で正直な理由で、進路は決まった。母には一度だけ、こんなふうに確認された。

「人の口とか大丈夫なの? あなた綺麗好きだから、それが気持ち悪いってなったらできないんじゃない?」


横須賀の学校、その大学病院
——「友達がいたから、なんとか」
進学先は、横須賀の神奈川歯科大学短期大学部歯科衛生学科。大学病院も同じ横須賀にあって、実習はとにかく厳しかった。「みんなここで折れるよね。折れる人が結構いた」と、史実さんは振り返る。同期のなかにも、途中でフェードアウトしていった人が何人もいた。
乗り越えられた理由を聞かれると、史実さんはあっさり「友達がいたからなんとか」と答える。精神論を振り回さない。「自分はこれだけ頑張った」とも、「私は強かった」とも言わない。隣にいてくれた誰かのおかげ、で済ませてしまえる人だ。
そういう肩肘を張らないところが、その後のキャリア観にも、出会いの広げ方にも、ずっと底に流れていく。「ガッツリ部活やって、進路を考えて、なんとなく決まった」——スタートはどこまでも等身大だった。だからこそ、その先で自分のペースで歩いてこられたのかもしれない。

「ちょうどいいところ」
——衛生士という選択を、自分のことばで肯定できる
勤務した歯科医院は、これで4軒目。前の医院では8年勤めた。それが今までで一番長い在籍だ。「衛生士になってみたら、看護師の方がよかったかなと思ったこともある。医療系が好きだから、口以外のことも知りたいなって思うんですよ」——そう正直に話す。
それでも、結論はこうだ。「看護師だったら、勉強しなきゃいけないことに追われて、ライフワークバランスが整えられなかったかもしれない。でも衛生士は今、ちょうどいいところにいるんじゃないかって。医療関係者だけど、どっぷりではない。審美の方もできるし、自分にとってちょうどいい」。「ちょうどいい」を、妥協ではなく肯定として言える人だ。
実感として一番大きいのは、「自分の力でちょっと変わったかな」と思えること。歯石を取って、患者さんの状態がよくなる。その小さな成功体験を、自分の喜びとしてちゃんと言葉にできる。「成功体験があるのは、多分衛生士の方がいい気がする」——史実さんはそう話す。
企業衛生士として現場を離れる選択肢が、頭をよぎった時期もあった。デュールから募集の声がかかったとき、心が動いた。けれど踏みとどまった。「臨床ができなくなるのは、ちょっとなって思って」。それだけじゃない。「臨床していないと、現場の困りごとがわからなくなる。現場が一番困っているのに、現場が困っていることに気づいていない。気づかせるのが自分のミッションかも」——その軸に、今は静かに立っている。

「医療関係者だけど、どっぷりではない。私にとっては、衛生士がちょうどいいところなんですよ」
「なぜここに?」
——上水塾でひとり、感染管理の話をした日
ペリオの専門の人たちが集まる勉強会、上水塾。発表者8人のうち、ただ一人、史実さんは感染管理の話を持っていった。「私以外はみんなペリオの臨床系。だから多分、『佐藤さんって感染管理の話をした人でしょ』みたいな見方をされたと思う」——会場の温度を、史実さんはちゃんと観察している。
「なぜここに?って印象を持ってもらえたんじゃないかな」と笑う。場違いを承知で、それでも自分の領域を持ち込む度胸と、それを「インパクトがあったかも」と冷静に受け止める観察眼が、同じ人のなかに同居している。臨床にとどまり続けると決めたのと同じ静かな粘り強さが、ここにもある。
押し出すタイプではない。けれど、自分が大事だと思ったテーマは、場の空気に合わせて引っ込めたりはしない。違う色のひとりとして、ちゃんとそこに立ってくる。それが、史実さんの「強さ」のかたちだ。

「8人中、私だけ感染管理の話。『なぜここに?』って思ってもらえたなら、それはそれでインパクトがあったのかも」
テリトリーを、自分で広げに行く
——出会いを面白がる人
ここ最近の史実さんの目標は、「とにかく遠出する」こと。子どもたちも食べて寝るくらいは大丈夫になってきて、ようやく自分の時間を取り戻し始めた。名古屋の上水塾、山梨の口腔周囲筋ケアのスタディグループ、大阪のスタディグループ。地元から離れた場所へ、意識的に足を運ぶようになった。
行く先々で、新しい出会いが次々と生まれていく。歯科専門のお掃除屋さんの社長、講師、企業、スタディグループなど、立場の違う人たちと自然につながっていく。「同じ衛生士同士でかたまる」より、「全然違う場所にいる人」の話のほうが新鮮で、自分の視野を広げてくれる。
長谷川さんに最初Facebookでメッセージを送ったときのことも、よく覚えている。「すごく緊張してました」。この人どんな突っ込みをするんだろう、怒られるんじゃないか、返事がなくてもしょうがない、ぐらいの気持ちで書いた。連絡する側の心の動きを、こんなふうにちゃんと言葉にして覚えている人だ。だからきっと、出会った人もこの人のことを覚えている。

「うさぎ、ごめんね」
——過去の自分に申し訳なくて、お寺に行く
娘の誕生日に、ペットを飼うことになった。犬や猫はハードルが高いと感じて、選んだのはうさぎ。実際飼ってみたら、「臭くないんですよ、うさぎって。獣物臭が全くしない」「ヒエラルキーの底辺の動物だから、自分の匂いを消すことに綺麗好き」「トイレも本能で覚える」と、史実さんはあっという間に虜になった。
ある日、急に食欲不振になった。動物病院で診てもらうと、不正咬合だった。歯が偏って生えて、舌に当たって痛くて食べられない。「全身麻酔をかけて下の歯を削って、傷ができないようにしてもらいました」——獣医さんの説明を聞きながら、衛生士魂に火がついた。「うさぎは歯が28本」「ストレスを感じても気持ちいい時もゴリゴリ歯ぎしりする」——史実さんは、専門家の顔で語り出す。
ここからが、史実さんらしさの真骨頂だ。目の前のうさぎに向き合うほど、ふと、過去の自分が思い出される。「自分が小学生の頃に飼育係でやってたうさぎは、とんでもない虐待だった」。温度管理もない、夏は暑く冬は寒く、藁を敷いてくれていたぐらい。給食の残りのキャベツでは本当はダメ。夏休みの飼育当番を午前中忘れて、夕方ちょろっと——あれは、絶対ダメ。
「もともと動物を繊細に扱えるタイプじゃないんですよ、私。だから、今のうちのうさぎが可愛いから、あの時のうさぎさんに申し訳ないことしちゃったと思って。近くのお寺に行くんですよ。『うさぎ、ごめんね』って」——過去をなかったことにせず、「あの時の自分は未熟だった」と受け止める。だからこそ今、「ちょっとやるか」と前を向ける。

「あの頃の自分をちゃんと見られるようになったから、だから今、ちょっとやろうって思えるんです」
After Interview
史実さんは、「すごい志を持って始めた」タイプではない。家庭の流れ、母のひと言、自分の手の届く範囲——そういう等身大のところから始めて、目の前の人と仕事を一つずつ大事にしてきた人だ。だから、語り口に力みがない。「ちょうどいいところ」と笑い、「友達がいたから」と言い切れる。
途中で凄みが出てくる瞬間があるとすれば、それは、うさぎや過去の自分に対して「申し訳なかった」と素直に言えるところ。そして、その「申し訳なさ」を後悔ではなく「だから今ちょっとやろう」という静かな推進力に変えられるところ。それが、この人の核にある手触りだと思う。
肩肘を張らない物言い、出会いを面白がるフラットさ、自分のリズムを偽らない正直さ。場違いを承知で勝負しに行く度胸と、それを冷静に俯瞰する観察眼。それが、佐藤史実さんという人を作っている。
「医療関係者だけど、どっぷりではない」——その距離感のなかで、史実さんはこれからも、現場を離れずに、出会いを広げ、目の前のうさぎ(と、目の前の患者さん)にちゃんと向き合っていくのだろう。等身大であることの強さを、笑いながら見せてくれる人だった。

文 / Masayo Hasegawa
