Tell us your story — 葛西麻里

歯科衛生士

偶然の「ひと言」が、道を変えてきた。
ゼミの先生、薬局のおばあちゃん——
受け取った言葉を、自分の足で歩いてきた人。

Mari
Kasai

葛西 麻里(かさい まり)

歯科衛生士
臨床感染管理指導士
デンタルタイム大森駅前歯科 勤務

教育学部卒業後、弘前市内の歯科医院で受付として7年勤務。上京後、薬局勤務を経て歯科衛生士専門学校(夜間部)を修了。予防歯科とコミュニケーションを軸に日々の臨床に向き合っている。

先生になるはずだったのに
——ゼミの先生のひと言が人生を変えた

青森で生まれ育った麻里さん。本当は薬剤師になりたかった。けれど私立の薬学部は学費がかかる。「うちは仕送りは多分無理だろうな」——家のことを思って、地元の国立大学・教育学部を選んだ。「やりたいことがなかったから、大学には行っといた方がいいかな、ぐらいの感じで」と笑う。

両親は子どもの頃から、頭ごなしに反対しない人たちだった。「お前がそうしたいならそうすれば、みたいな感じの親」。だから自分で考えるしかなかった。教育実習にも行った。子どもと触れ合うのは楽しい。でも「学校の先生になって、学校の先生と結婚して、つまんないかも」という気持ちもよぎる。何より、青森県内の小学校教員採用試験の倍率は約40倍。団塊の世代の教員が定年を迎えるまで「あと10年待ってられないでしょ」という思いが、日に日に強くなっていった。

就職氷河期の真っ只中。就職の見通しが立たないまま大学4年生の冬を迎えた頃、ふだんは「ちょっと話し合っとけばいいから」とゆるいゼミの先生が、ふと真剣な顔で「葛西さん、どうすんの、これから」と切り出した。続けて出てきたのが、こんなひと言だった。

本当に軽い気持ちで紹介してもらった弘前市内の歯科医院。それが麻里さんの人生を大きく変える場所になるとは、そのときは誰も思っていなかった。

「知り合いの歯医者さんが受付スタッフを探してる。とりあえずやってみたら」


「勉強しなきゃいけないんですか?」
——本気の医院が変えた仕事観

紹介されたその歯科医院は、弘前市では名のある医院だった。院長は北東北インプラント研究会の会長を務め、歯周病学会にも積極的に参加。新しい機材や技術をどんどん導入し、毎月勉強会が開かれる環境だった。「医療の世界は、毎日毎日新しい技術が出てきて、勉強しないとついていけないんだ」——その姿勢を、体で覚えた7年間だった。

受付専任でありながら、レントゲンフィルムの整理、レセプト確認、アポイント管理と患者誘導、補綴物の手配まで、麻里さんは歯科の「流れ」のすべてを現場で吸収していった。

院長とぶつかることも何度かあった。「もう辞めます」と告げるたびに、「お前が今そんな中途半端な状態で辞めて、どうすんだ」と引き止められた。3度目の正直は、30歳を目前にした時。「7年経ったし、東京で働いてみようと思います。先生いつも、東京には一流のものが集まるって言ってるじゃないですか」と返したら、院長は初めて「ああ、そうか」とうなずいた。

「もったいない」
——薬局のおばあちゃんが変えたキャリア

上京して最初の職場は、赤羽の薬局だった。「薬剤師になりたい気持ちがどこかにあったから、それに少しでも関われるかな」と。そこに長く勤めるベテランのおばあちゃんスタッフと、パートの女性薬剤師さんがいた。おばあちゃんの娘も薬剤師、パートさんも結婚して息子を開成中学に通わせるような優秀な家庭——医療と教育の世界を知る二人の目には、国立大学を出て受付だけをしている麻里さんが「もったいない」と映ったのだろう。手に職をつけることを、二人は何度も繰り返し勧めてくれた。

夜勤がきつい看護師は自分には向かない。「夜寝れなくなると肌に出るし、体力もない」と判断した麻里さんが思い出したのが、弘前の医院で7年間見てきた歯科衛生士の仕事だった。少し調べると、太陽歯科衛生士専門学校が翌年から夜間部の1期生を募集していた。日暮里駅直結という条件まで揃っていた。

学費は、おばさんとおじさんが援助してくれた。子どもがいないご夫婦で、麻里さんを娘のように可愛がってくれていた。「『学費は出してあげるよ。将来面倒みてね』って」——その言葉が、大きな後押しになった。

薬局を1年で辞め、学校が始まるまでの繋ぎに選んだのは、池袋ヤマダ電機オープニングのバイト。「家電に詳しいわけじゃないんですけど、本当にオープニングで時給が良かったから」と笑う。10時から4時までの6時間バイト、休憩なし。夕方5時半からの夜間部に間に合わせるための、ぎりぎりの時間設計だった。

「もったいないわよ。看護師でも衛生士でも、資格を取ればいいじゃない」

「嫌すぎて涙が出た」
——実習先での試練と、救いの出会い

衛生士学校に通いながら、歯科助手のバイトを始めた歯科医院は、地獄だった。1年目の助手なのに「歯式を自分で判断して動け」「水を飛ばすな」「ライトの角度が違う」と言われ続け、「夕方、バイトを終えて学校に向かう電車の中で、毎日涙が出てきて」という日々が続いた。それでも次の採用者が来るまで、と1年間粘った。

次に行った板橋の医院もきつかった。子どもの治療中に「もうちょっとで終わるよ、頑張って」と声をかけたら、「子どもの集中が切れるから声をかけないで」と叱られた。修行のような日々を、ぐっと耐えてやり過ごした時期だった。——今は笑い話にできるけれど、当時は重かった。

そんな麻里さんに転機をもたらしたのは、川口の法人の歯科医院での実習だった。実習初日は大雨。駅前は冠水寸前で、駅前の店で4,980円の長靴を慌てて買い、スーツに長靴という姿で、ずぶ濡れになってたどり着いた。薬局で道を聞きながら、ようやく辿り着いた医院で、麻里さんは指導衛生士の長谷川さんと初めて出会う。

院長の森田先生は、おおらかな人だった。長谷川さんも患者さんと楽しそうに会話しながら、丁寧にスケーリングをしていた。「自分よりも年上だし、いいところに来た」と思った。「以前の歯科助手のバイト先みたいなところに入ってたら、絶対無理と思って潰れてた」——タイミングが、本当によかった。

実習日誌に細かな図解を書いてくる麻里さんに、長谷川さんも「この子の質問に答えられない自分がいちゃダメだ」と感じ、ともに成長していったという。

「夕方、バイトを終えて学校に向かう電車の中で涙が出てくるんです。もう向いてないかもって思ってました」

「この人の仕事、すごく楽しそうだって思ったんです。こんな衛生士になれたらいいなって、初めて思えた瞬間でした」

「点が線になった」
——7年間の受付経験が、学校で全部意味を持った

学校で習うことは、ほとんどが「知っている」内容だった。しかし麻里さんにとって、それは「新しい発見がない」ということではなく、むしろすべての点がつながっていく喜びだった。

知識を入れること自体は、もともと嫌いではなかった。高校時代から、試験勉強を始める前にまず部屋を片付け、模様替えをしてから机に向かうのが麻里さんのスタイルだった。「散らかった状態で広げてやるのは多分無理。1回整理整頓して、自分が快適と思える空間を作ってから取りかかる」——子どもの頃から自分の部屋を何度も模様替えしてきたその性分が、勉強や仕事への向き合い方にもそのまま重なる。

整理されたノートを取れるタイプで、勉強会で同じ話を聞いていても、その場で頭の中が整理されながら書けてしまう。一方で「実は手は動かないんですよ、私。料理する人みたいに、すぐ手が動くタイプじゃない」と、自己評価はどこまでもフラットだ。「ちょっと飽き性なのかも、熱しやすく冷めやすいのかも」——自分の性分を、ちゃんと笑って受け入れている。

自分の場所を、自分で整えていく
——「暗いと嘆くより、灯りをつける」

麻里さんが大切にしていることのひとつが、「自分の働く環境を、自分で整えていく」こと。「自由じゃないとダメなんですよ、私」と笑う。受付時代も、仕事を覚えて余裕が出てきたら、診療の流れを改善するアイデアが次々と湧いてきた。惰性で続けるのではなく、「ここをよくしたい」と思ったら動いてきた。

「自分の所属するところは、居心地よくしておきたい」——そう話す麻里さんは、職場を「自分のもの」として捉えている。何か違和感を覚えても、すぐに環境のせいにすることはない。提案してみる、調整してみる、ここをこう整えたらもっと働きやすくなるかもしれない——「ここに自分であかりをつけられないか」と試行錯誤する姿勢を、麻里さんはいつでも携えている。

「暗いと嘆くより、進んで灯りをつけましょう」——偶然観たテレビで知ったその言葉が、自分の生き方そのものに重なる、と話す。歯科への入り口は本当に偶然だった。しかし、そこで出会った人たちの「ひと言」を素直に受け取り、自分の足で一歩踏み出し続けてきた。それが今の麻里さんをつくっている。

After Interview

「薬局のおばあちゃんが、あの時『もったいない』って言ってくれたから、今の私がある。私もそんな風に、誰かの人生にちょっとでもいい影響を与えられたらいいなって思うんです。その人の記憶に、ちゃんと残れるような仕事をしていきたい」

ゼミの先生の紹介から始まった歯科との縁、青森の院長から繰り返し聞かされた「東京には一流のものが集まる」という言葉、7年間の受付経験で培われた視点、赤羽の薬局のおばあちゃんと薬剤師さんの「もったいない」、おじさんとおばさんの学費援助、ちょうど大量にインプットしていた時期に出会った長谷川さん——どれひとつ欠けても、今の麻里さんはいない。

自分の場所を整えて、そこで最大のパフォーマンスをする。患者さんのために、いつでも自分のブラッシュアップを忘れない。歯科衛生士としての学びに貪欲に向き合う麻里さんには、もうひとつ大切にしている時間がある。それが「推し活」だ。

ライブのチケットを当てる運はかなり強い方だと笑う。「働くのは生活のためはもちろんだけど、推し活の資金稼ぎでもあるんですよ」——そう話してくれた表情は、これまでのどの瞬間よりもやわらかかった。

撮影 / ウェスティンホテル横浜
文 / Masayo Hasegawa