ハンドピースの処理で、いちばんよく見かける思い違いがあります。
「オイルをさしたから、中はきれいになった」
スプレーを後ろから差しこむと、先端から汚れたオイルが出てくる。何度かくり返すと、透明になってくる。たしかに、中を洗っているように見えます。
でも、注油は洗浄ではありません。
洗浄と注油は、目的も、落とす相手も違う、べつべつの工程です。この記事では、その違いと、ハンドピースの処理の正しい順番を、理由とあわせてまとめます。
POINT ハンドピースの処理は、洗浄 → 乾燥 → 注油 → 余分なオイルを出す → 包装 → 滅菌の順です。注油は洗浄の代わりではなく、洗浄の「あと」に行う、機械のための工程です。
そもそも、なぜハンドピースは患者さんごとに滅菌するのか
エアタービンは、回転が止まる瞬間にヘッドの中が陰圧になります。そのとき、口の中の唾液や血液、削りかすを内部に吸いこんでしまうことがあります。サックバックと呼ばれる現象です。
最近のハンドピースには、吸いこみを防ぐ構造がついています。それでも、色素液を使った実験では内部への吸いこみが確認されています。低速回転の研磨用ハンドピースでも、内部の汚染が報告されています。
外側を拭いても、中までは届きません。
だから厚生労働省の委託事業でまとめられた指針では、使ったハンドピースは患者さんごとに交換し、オートクレーブで滅菌することが強く勧められています。アメリカのCDCのガイドラインも、ハンドピースを表面の拭き取りや薬液への浸漬で済ませないことを求めています。
「洗浄」と「注油」は、目的が違う
ここがこの記事の中心です。
ねらい:汚れを取り除き、蒸気が届く状態にする
やらないと:汚れが残り、滅菌がかかりにくくなる
ねらい:ベアリングやギアをなめらかに動かす
やらないと:発熱・回転不良・故障につながる
まぎらわしいのは、注油にも「汚れを押し出す」はたらきがあることです。メーカーの手順書にも、注油には内部の汚れや切削粉を排出する役割があると書かれています。
ただ、押し出しているのは、オイルの通り道にたまった削りかすや摩耗粉です。回転部分を守るための掃除であって、付いた血液や唾液を落とし、滅菌の準備をするための洗浄とは、ねらいも範囲も違います。オイルが届くのは、オイルの通り道だけです。
CDCのガイドラインも、その手順書も、「洗浄」と「注油」を別の工程として並べています。
なぜ、取り違えてしまうのか
理由は、たぶん3つあります。
- 見た目が「洗っている」から……先端から黒っぽいオイルが出て、だんだん透明になる。汚れが出ていく様子が目に見えるので、洗浄が終わった気持ちになります。
- エンジン(機械)は水に漬けられない、という先入観があるから……水で洗えないのなら、スプレーがその代わりになる、と思ってしまいます。
- 「メンテナンス」という言葉でひとまとめにしているから……院内で「ハンドピースのメンテナンス」と呼んでいると、洗浄も注油も同じ箱に入ってしまいます。
どれも、手を抜いたから起きることではありません。注油をていねいにやっている人ほど、取り違えやすいのです。
洗浄を飛ばすと、何が起きるか
ひとつは、滅菌の結果に響くこと。
厚生労働省の委託事業の指針には、菌で汚染させたタービンを滅菌器にかけた研究が紹介されています。重力置換式(クラスN)の滅菌器では、内部を洗浄しないまま入れたタービンから菌が検出されたケースがあり、内部を洗浄してから入れたタービンからは検出されなかったと報告されています。
同じ滅菌器にかけても、中に汚れを残したまま入れたかどうかで、結果が変わったということです。
日本医療機器学会の『医療現場における滅菌保証のガイドライン』でも、長く細い内腔や潤滑部分は、滅菌の蒸気が届きにくい場所として挙げられています。そこに汚れが残っていれば、なおさらです。
もうひとつは、ハンドピースそのものが傷むこと。
あるメーカーの手順書には、血液などが付いたまま放置すると内部で血液が固まり、サビが出て、発熱による火傷や故障の原因になると書かれています。そのため、この手順書では「1時間以内に処理する」とされています。
一方、滅菌保証のガイドラインには、時間は記載されていません。ただ、汚れが長く放置されると固まって洗浄が難しくなり、滅菌剤も届かなくなるため、使ったものはできる限り早く処理するよう書かれています。
体液は、放置されると凝固するリスクがあります。だから、なるべく早く処理することがより適切だと筆者は考えています。
また、同じ手順書には、水分が残ったまま注油すると、注油の効果が落ちるうえに内部の腐食の原因になるとも書かれています。洗ったあと、乾かしてから注油する。この順番にも理由があります。
ハンドピースの処理、正しい順番
細かな手順は製品によって違います。ここでは、多くの製品に共通する流れを示します。






POINT 注油のタイミングや回数、使うオイル、滅菌の温度はメーカーごとに違います。指定以外のオイルを使うと発熱の原因になる、と注意している製品もあります。院内でいちばん確かな答えは、そのハンドピースの取扱説明書です。CDCのガイドラインも「洗浄・注油・滅菌はメーカーの指示に従うこと」を求めています。
滅菌器のタイプと、ハンドピース
ハンドピースは、中が細い管になっている中空の器材です。中空の器材の奥まで蒸気を届けられるかどうかは、滅菌器のタイプで変わります。
厚生労働省の委託事業の指針では、次のように整理されています。
- クラスB……包装したハンドピースも滅菌できる
- クラスS……メーカーが特定した製品で、未包装のハンドピースなど
- クラスN……ハンドピースを滅菌する場合は、内部を事前に十分洗浄し、包装せずに滅菌することが勧められる
クラスNの項目に、わざわざ「内部を事前に十分洗浄」と書かれていることに、注目してください。ここでも、洗浄が前提になっています。
自院の滅菌器がどのタイプかは、うちの滅菌器、どのタイプ?|クラスB・S・Nの見分け方で確かめられます。
監修者の視点
注油を洗浄だと思っていた人は、手を抜いていたわけではありません。
むしろ、先端から出てくるオイルの色を見ながら、きれいになるまで何度もくり返している。ていねいな人ほど、そうしています。
足りなかったのは、努力ではなく工程の名前です。「メンテナンス」とひとまとめに呼んでいるうちは、洗浄と注油の区別がつきません。
名前を分ければ、順番が見えます。順番が見えれば、なぜその順番なのかを、新人さんにも伝えられるようになります。
明日からできる3つのこと
① 院内の手順を、工程の名前で書き出してみる
「洗浄」「乾燥」「注油」「余分なオイルを出す」「包装」「滅菌」。洗浄と注油が、別の行になっているか。それだけで、今の手順が見えてきます。
② 取扱説明書を、1本分だけ出してくる
いちばんよく使うハンドピースの1本で十分です。洗浄の方法、注油の方法、滅菌の条件。院内の手順と違うところがないか、見比べてみてください。
WDがある医院は、本体にウォッシャーマークがあるかどうかも、あわせて見てください。WDについてはウォッシャーディスインフェクター(WD)の利点と欠点にまとめています。
③ 使ったら、すぐ処理に回す
血液が固まる前に。「あとでまとめて」をやめるだけで、洗浄の手間も、ハンドピースの傷みも変わります。
まとめ
- 注油は洗浄ではない……洗浄は血液・唾液を落とす「人と滅菌のため」の工程。注油は回転部分を守る「機械のため」の工程
- 順番は、洗浄 → 乾燥 → 注油 → 余分なオイルを出す → 包装 → 滅菌
- 洗ってから滅菌器に入れたかどうかで、滅菌の結果が変わるという報告がある
- 細かな方法は製品ごとに違う。いちばん確かな答えは取扱説明書
注油をていねいにやってきた手間は、むだではありません。その前に、洗浄をひとつ置く。それだけで、ハンドピースの処理はずっと確かなものになります。
ハンドピースの処理は、洗浄から保管までつながった一連の流れの一部です。全体像はこちらにまとめています。
→ 器材再生処理まるごとガイド|洗浄・消毒・滅菌・保管の全体像
参考:厚生労働省委託事業「歯科診療における院内感染対策に関する検証等事業」『一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針(第2版)』(2019年)/CDC “Guidelines for Infection Control in Dental Health-Care Settings — 2003″/一般社団法人日本医療機器学会『医療現場における滅菌保証のガイドライン2026』/各メーカーの取扱説明書・メンテナンスガイド。本記事は2026年9月時点の情報にもとづいています。特定の製品を推奨するものではありません。お使いのハンドピースの処理方法は、必ずメーカーの取扱説明書でご確認ください。

長谷川 雅代
歯科衛生士(臨床30年以上)/歯科感染管理協会 監修
1993年堺歯科衛生士専門学校卒。30年以上の臨床経験を持ち、現在も臨床に立ち続けることで「歯科医院の今」を熟知する。その豊富な知見を強みに、スタッフ教育や院内環境の改善に携わる。DHマネジメント協会に所属し、新人教育や標準予防策に基づく意識改革を提案する専門家として全国で研修を行う。理想論に留まらない、現場を知るからこそ可能な実践的感染管理システムの構築とマニュアル整備に注力している。
